71年が過ぎて
5月27日
オバマ大統領が広島を訪問した。
平和記念公園で原爆慰霊碑に献花
所感を述べた。
原爆投下から71年
現職の大統領が碑前に花輪を手向け
犠牲者を追悼したのだ。
この日を待ち望んでいた被爆者の気持ちは
如何ばかりかと思う。
所感を聞いた市民の声の中には
謝罪の言葉を聞きたかったという声も・・
だが
被爆者はくちぐちに
謝罪は望んでいない
この地に足を運び追悼してくれたことがうれしい
という。
「71年前、雲一つない明るい朝、空から死が落ちてきて、世界は変わった。
閃光と炎の壁は都市を破壊し、人類が自らを破壊するすべを手に入れた
ことを実証した。~」
で始まる大統領の所感を
新聞の誌面でじっくりと読んだ。
大統領は
自ら折った4羽の折り鶴のうち2羽を記帳台に
もう2羽は小中学生に手渡されたという。
その気持ちは未来を託された小中学生に
伝わったことだろう。
翌日の28日は義母の月命日。
お寺のご住職様が義父と親しかった関係で
時間が許されればご住職様がいらっしゃる。
いつもの阿弥陀経が終わり
昨日のオバマ大統領の広島訪問の話になる。
被爆者が謝罪は要求せず
この地に足を運んでくれたことに感謝するという言葉に触れ
「あの言葉はこの地に生きる人だからの言葉
広島は安芸門徒の弛であり
親鸞聖人の歎異抄の精神が生きている。」
と仰る。
そして
西本願寺の御門主様の広島平和記念公園における「平和を願う法要」
の法話の話をされた。
「宗祖親鸞聖人は、『煩悩具足(ぼんのうぐそく)の凡夫(ぼんぶ)、
火宅(かたく)無常の世界は、よろづのこと、
みなもつてそらごとたわごと、まことあることなし』
と、人間世界の愚かさを鋭く指摘されています。
私たちが互いに正義を振りかざし、主張しようとも、
それはいずれも煩悩に基づいた思いであり、
阿弥陀如来の真実のはたらきの前では
打ち崩されてゆくよりほかはないという事でありましょう。
それはまた、縁によって、どのような非道な行いもしかねないという、
私たち人間の愚かさに対する警告でもあります。」
と・・
オバマ大統領の所感に通じる所があるなぁ
という想いで聞いていた。
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