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国民主権忘れた体質

 

 

2013_06170012
 

 

このところおぼろげだったあの足音が
確実に迫ってくるのが聞こえる。
ヒタヒタという足音が・・

石垣りんさんの『雪崩の時』・・
輪郭が見えてきた。

 

安全保障関連法案は16日の衆院本会議で、自民、公明両党と次世代の党の賛成多数により可決され、衆院を通過。
与党は参院審議を経て今国会中の9月中旬までの成立を狙っている。

可決されたのは改正10法案を一括した法案と国際平和支援法案。
多岐にわたる法案の軸は、歴代政権が憲法9条に基づき認められないとしてきた集団自衛権の行使を解禁すること。
この法案はほとんどの憲法学者が「違憲」と明言、また、法案の中身についても集団自衛権行使に係る「存立危機事態」などの概念についてもはっきりとした答弁をしない。
自衛隊のリスクは常識的に考えれば高まるはずが、それも認めない。
この3つをとっても政府は曖昧な答弁を繰り返すのみ。

国民にとって、この国にとっての未来を左右する重要な法案。
議論も尽くさず、国民をないがしろにしたまま決めていいはずがない。
その前に、これまで積み重ねてきた解釈を、一内閣の閣議決定で変えて良いのかという疑問も残る・・もう遅いが。

16日の中国新聞オピニオンに慶大名誉教授草野厚さんの「安倍首相の政治手法」という評論が載っていた。
日頃感じていた危うさを的確に書かれていた。
少し異論もあるが、自分の考えを整理するためにも全文そのまま載せておこうと思う。

 

『 衆院での安保法制の強行採決により憲法改正の手続きなしに、この国の形が変わろうとしている。民主主義の危機だ。憲法違反の指摘もありいかにも強引だ。自衛隊法改正、重要影響事態法などの策定がそれである。ここに至るまでの過程を振り返ると、自衛隊の海外活動が際限なく拡大する懸念を持たざるを得ない。
 商店の集団的自衛権だが、自国防衛に限るとはいえ、風穴が開いたことは間違いない。厳しい世論の批判を招いた昨年夏の閣議決定後、首相は真摯に反対論に向き合うべきであった。
唐突に行われた昨年末の衆院選は、自ら『アベノミクス解散」と称して、国民のより高い関心である消費税10%への引き上げ時期先送り是非論に誘導し、結果として集団的自衛権の議論を封じた。
 目論見は当たり、低投票率の中、自民党は圧勝した。首相は、安保法制は自民党が公約し信任を受けたと言うが、選挙向け重点政策集では、外交安保20項目の一つで短く触れたにすぎず、「集団的自衛権」の一語を削った(前年版はあり)。集団的自衛権隠しとみられても仕方がない。
他方、相前後して行われた自衛隊記念日および防衛大学校卒業式の訓示では、集団自衛権に言及し自衛隊の任務拡大の可能性に覚悟を求めた。首相が「すべては国民の命と平和な暮らしを守るため」と語気を強めるならば、何故真正面から有権者に問いかけなかったのか。こうした姑息ともいえる手法には強い違和感を覚える。
 もう一つの争点の重要影響事態法案だが、首相は「国民のくらしと国民の命や幸せな暮らしを守るためにもし必要であれば行く」と述べ、自衛隊の活動地域を限定しなかった。ホルムズ海峡の機雷掃海は勿論、地球の裏側の活動も否定できない。首相は「例外なき国会の事前承認」があり、政府の自由にはならないと反論するだろう。しかし、国会関与など厳格な民主的統制を与党協議で実現させたのは自民党ではなく、公明党であった。
 百歩譲って安保法制が必要だとして、その運用に不安を覚えるのは、国民主権を忘れた自民党内閣の近年の体質にある。安倍内閣が世論の反対を押し切って成立させた特定秘密保護法の秘密指定に、自衛隊の特定の海外活動を指定すれば半永久的に検証は不可能となる。この点は参院に十分に議論してほしい。
 メディアの報道内容に異常なほど過敏な最近の自民党政府の体質も、安保法制の今後と無関係ではない。
NHKに加え、政府が許認可権限を持つ民間放送が自衛隊の活動の批判を控えるならば、国民の知る権利は失われる。最近も首相応援団の議員が一部メディアの報道ぶりを批判した事は記憶に新しい。メディアが政府の広報機関化すれば全体主義の国々と変わりない。その懸念は党内から安保法制に関して異論が聞こえない事にも表れている。世論の半数が法案成立に反対し、説明も不十分と見ているのに表立った批判がない。小選挙区制度などの理由を検討する紙幅はないが、与党公明党の存在を自民党内の異論と見るべきかもしれない。
 その意味で安保法制以降の日本の政治の最大の危機は、自民党がさらに膨張するか、公明党に代わる保守的な補完勢力が登場した時になろう。我々の判断が問われる。』

 

国民の中にも
集団的自衛権に賛成の人もいるでしょう。
いや、個別的自衛権があるじゃないか、それで充分でしょう。
アメリカの核の傘の元、血を流さずお金で補おう。
いや、自分の国は自分で守る、徴兵制度やむなし
と言う人もいるでしょう。

アメリカの力が弱まり、アジアにも問答無用の大国論理がまかり通っている。
日本も否応なく変化を求められているのかもしれない。
政府が「国民の暮らしと命を守るために必要」というのであれば
堂々と憲法改正の議論をし国民投票で結果を・・と思っていたが・・

政府は来月中旬で安保法案を成立させるでしょう。
次は憲法改正の道へ進むことでしょう。
私は
今は日本国憲法は日本の民主主義の最後の砦と思っている。

 

 

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コメント

同じくそうおもいます。日本国憲法はよい憲法と。
関口 宏さんが司会されている番組で米大統領は原爆資料館を訪れる義務がにあったら戦争は無くなるんじゃないか、とコメントされてました。
同感しました。

投稿: 猫舌 | 2016年5月13日 (金) 08時07分

☽猫舌さん
最近、いろいろな法案が数を力に決まっています。
空気や流れが戦前に非常に似通ってきていますよね。
やはり、国民が政治、政治家に目を向けてしっかりチェックしなければ・・まだ遅くないと思っているのですがねー。

投稿: 白いねこ | 2016年5月13日 (金) 22時08分

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