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親鸞 -激動編- 

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五木寛之さん原作の「親鸞」、あとがきにこう書いておられる。

「親鸞の生涯は、大まかに三つの時期に分けることができるのではあるまいか。
幼児の頃から30代に至る放浪、勉学の時代。そして流刑者として越後へ送られ、やがて関東で家族と共に暮らした時代。最後が京都へ戻っての60代から享年90迄の生涯である。」

中国新聞の連載小説として「親鸞」1部が始まったのが2008年11月、これが約一年間続き、2011年元日付朝刊から2部「親鸞 激動編」が連載スタート、そして今年7月1日から3部「親鸞」が連載スタートする。

私は2部の「激動編」を読まなかったので、いつか・・と思っていたら、今連載している「紫匂う」の後に最終編第3部連載スタートと聞いて図書館へ直行、第2部「激動編 上下」を借りてきた。

1部を読んでいるので、2部はアッという間に読み終える。
親鸞は、越後から京都へ戻って晩年を迎えたとばかり思っていたのだが、関東の笠間で約30年程暮らしていたんですねー、そしてこの笠間での暮らしが親鸞の信心の基礎となったんですねー。一番大事な場所だったんだ。

武士と親鸞の問答:
「念仏をとなえるのは、自力の行ではない。念仏というのは阿弥陀如来から頂いたものであるといつも教わってるのだが、今一つ、その意味が分かりません」


『もし嵐で船が難破したとする。逆巻く波の夜の海で、おぼれそうになっている時に、どこからか声が聞こえた。救いに来たぞ! おーい、どこにいるのだー、と、その声は呼んでいる。さて、そなたならどうする、』

「ここにいるぞー、オーイ、ここだ、助けてくれー、と声をあげるでしょう」

『そうだ。真っ暗な海に聞こえてくるその声こそ、阿弥陀如来がわれらに呼び掛ける声。その声に応じて、ここにおります、阿弥陀様! と答える喜びの声が南無阿弥陀仏の念仏ではあるまいか。この末世のわれらが生きるという事は、春の海をすいすいと渡るようにはいかない。私自身も、これまで何度となく荒れ狂う海の波間で、自分の信心を見失いそうになったことがある。そんな時、どこからともなく聞こえてくるのが、阿弥陀如来のはげましの声だ。おーい、大丈夫かー、とその声がひびく。はーい、大丈夫でーす、ありがとうございまーす、と思わずこたえる。それが他力の念仏であろう。私はそう考えている。いただいた念仏、というのは、そういうことではないだろうか』

「では、わたくしどもに呼び掛けられる阿弥陀如来のその声は、いつでも、だれにでも、きこえるものなのでしょうか」

『いつでも、だれでも、というわけには行くまい、波間にただようわれらをすくわんとしてあらわれたのが、阿弥陀如来という仏だと、一筋に固く信じられるかどうかにかかっているのだ。信じれば、その声がきこえる。信じなければ、きこえないだろう』

「では、まず、信があって、そして念仏が生まれるということでございますか」

『そう思う』

『しかし、目にみえないもの を信じるということは、まことにむずかしい。しかも、いったん信をえても、それはしばしば揺らぐものだ。そのとき念仏が、見失いそうになった信を呼びもどしてくれるのではないか。信が念仏を生み、念仏が信をささえるのだ。いまのわたしには、それしかいえない』

「その、本当の信とやらを得るためには、どうすればいいのでございますか」

『わからない』
『いまのわたしに、わずかにわかっていることは、まことの信をえるために自分自身をみつめることの大事さだ。このわが身の愚かさ、弱さ、頼りなさ、それをとことんみつめて納得すること。それができれば、おのずと目に見えない大きな力に身をゆだねる気持ちもおきてくるのではあるまいか』

この後半に持ってきた問答、これが30年間、笠間で得た親鸞の信じるところなのだと理解した。
そして、親鸞に問いかける河和田(現在の水戸市)の武士「北条平次郎」・・この人があの有名な「歎異抄」の作者と言われている「唯円」だったんだ、この二人はここで会ったんですねー。

これで、準備万端、7月からの第3部連載スタートを待つことにしましょうか。。




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コメント

こんにちは
浄土真宗の開祖、親鸞
長編のようですが、新聞小説は少しずつ読み進める良さがありますね。この作家はエッセイ「大河の一滴」がかなり有名ですが、やはり仏教にかなり造詣が深いようで読み応え有るでしょうね。「歎異抄」内容は読んだことがないので知りませんが、ほとんど親鸞の言葉で綴られていると聞いたことはあります。

投稿: bluerobin2 | 2013年6月 1日 (土) 12時40分

*bluerobin2さん
「歎異抄」とは「異を嘆くの抄」という意味で、親鸞の没後、親鸞の信心とは異なった異義があるのを嘆き、直接聞いたことのある唯円が耳の底にとどめていることを書き記したものらしいです。
義父が浄土真宗の資料を収集していたので、捨てずに残しておいてよかったと思っているところです~。。

投稿: 白いねこ | 2013年6月 1日 (土) 15時29分

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