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文学への扉 藤沢 周 by 中国新聞

3.11の出来事以来頭の片隅にくすぶっている想い、それが何なのか自分でも解っていたが新聞のコラムを読んでいて同感、やっぱり“作家”はすごい、自分の想いを的確に表現してくれた。


日常の中の亀裂。自らの足元に、こんな恐ろしい落とし穴があったか、と人は考える。災害や事故、病気や失敗やデカダンス・・・。だが、むしろ逆なのではないかとも思う。はなから危うい地平にあることが人生の実相であり、その裂け目から偶然あらわれた平穏という類いまれなるものが日常ではないのか、と。

今、自らがここにある平穏ともいえる日常の一瞬一瞬は、むしろ奇跡に近いのかもしれず、「わたし」がいないこと、あるいは危機にあること、死んでいること、の方がひょっとして自然とも言えるのではないか。

そんな日常の底に広がる危うさを描いた話を何点か紹介されていたのでリストアップしておこう。

柴崎友香「わたしがいなかった街」、川上未映子「お花畑自身」

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