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“プレカリアート”って

 中国新聞に辺見庸さんが随筆を載せている。“水の透視画法”というタイトルである。透視画法とは遠景、眺望、予想、見通し、視野などの意味がある。物事を見る時、表面にとらわれず本質を見抜けという意味なのか?良く解らない。

 新聞に辺見さんの文が載っていると素通りできず、一字一句しっかり読んでしまう。取り上げるタイトルのせいなのか、文体のせいなのか、それも良く解らない。

 大分前の“プレカリアート”というサブタイトルの文が心に残っている。
辺見さんが客員教授をしていたころの教え子との会話で成り立つ随筆である。

教え子はいう。「ぼくら、いったんプレカリアートとしてアンダークラスにくみこまれたら、袋小路から抜け出すのは不可能にちかいんですよ」(プレカリアートとは、英語のプレキャリアス(不安定な)とプロレタリアートを組み合わせた欧州の若者の造語)、「自由で、民主的で、効率的な、事実上の奴隷制がいまある」と。

そして教え子は問う。「このような時代を経験したことがありますか」「いま、いったい、何に怒ればよいのですか」と。

そして、彼はいう。「自殺多いでしょ。あれって変種のテロじゃないですかね」「大恐慌、きますか。きたら、ガラガラポンですよね」・・・・

 読み終えて、出口のないトンネルからようやく外へ出たような、ひどく疲れたような感覚だったのを思い出した。

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