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2007年12月

今年最後の柿

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義母の知り合いから頂いた今年最後のもぎたての甘柿。

渋抜きした柿とはまた違う甘さだ。果物の中で、干し柿の甘さが一番糖度があると聞いた。

自然の滋味を感じる。







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岩国 出直し市長選へ

井原市長は職を賭して可決を求めるとして予算案を提案し、市議会は容認派が提案した修正案を可決した。市長と市議会の対立は、出直し市長選に発展した。

だが、その修正案は庁舎建設の財源に充てる合併特例債を四億八千万減額し、その分を国からの補助金に替える修正予算案である。

国は現段階で艦載機移転を容認しない限り補助金を交付しない。補助金が出なかった場合、どう穴埋めするのだろう。

ここまで混乱を招いた要因は、国の姿勢ではないだろうか。予算と移転は別である。そこに介入してきて市政を混乱させた。

米軍再編問題は、岩国市の将来を決める重要な問題である。市民の選択にまかせるべきである。

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タミフル騒動

厚生労働省の薬事・食品衛生審議会安全対策調査会は25日、タミフル服用の異常行動との因果関係については「現時点では示唆する結果は得られていない」として因果関係の判断は、来年春以降となる見通しで10代の使用中止継続だそうだ。

昨冬のインフルエンザ患者約一万人を対象にした疫学調査で「服用者の方が異常行動が少ない」ことを示す暫定的な解析結果が報告され、別の研究班による結果では、重度の異常行動を示したインフルエンザ患者の約四割がタミフルを服用していなかったことが判明、異常行動はインフルエンザそのものでも起きる可能性が示されたという。

この結果から見ると、タミフルとの因果関係の判断材料になると思うのだが「明確な結論を得るにはさらに解析が必要だ」ということである。

それにしても、昨冬のマスコミや新聞のタミフル騒動はちょっと過熱気味だった。解熱剤や他の薬を飲んだ可能性もあったのに原因をタミフル一本に絞っていたような気がする。

タミフルを飲んでも飲まなくても、インフルエンザで異常行動が起きると考え、特に子供を注意深く見ていくことが必要なようだ。

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使いすぎて色が・・・

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20年位前、草津温泉で買ったもの。元の色はもっと青みがかっていた。三日月と猫の後姿、なんとも風情がある。









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父親の形見の煙草盆に日常的に使うものをいれて。キッチンと寝室以外、部屋を移動する時右手には必ずこれが。

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気が付けば

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“みー”はいつも私の後ろをついてくる。

気が付いたら横にいる。夫Nのマッサージをしていると、また横にいる。

「三位一体」だねと私。「三方一両損、三すくみ」と夫N。







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今年のクリスマスメニュー

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二人とも甘いのは少し苦手

この二人用のケーキで充分、でも甘さが抑えてありとてもおいしかった。








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メニュー

チキン照り焼き風味

ミネストローネ(野菜とベーコンをさいの目に切り、スープで煮込む。私はこれを命のスープと呼んでいる。)








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注目したい岩国 井原市長

井原市長が孤立無援の中で、支持者たちとなんとか踏ん張っている。

米軍の空母艦載機の岩国移転に反対し、市庁舎建設の為の補助金交付を打ち切られた岩国市。

市庁舎建設の為の予算案の提案を過去四回にわたり、移転容認派が多い議会側に否決されている。

予算と移転は別問題である。補助金打ち切りと移転容認派による予算案否決というやり方は市政を混乱させるだけで理解できない。

井原市長は移転への対応をめぐり「市議会も私も民意を問う時期にきている」と述べ、自らの辞職による出直し市長選の可能性などをあらためて示唆したという。

この市長の言葉を受けて移転容認派も否決ばかりしていられないだろう。ボールは容認派に向かって投げられた。

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薬害肝炎訴訟のジャンヌ・ダルクたち

台所仕事をしながらラジオを聞いていたら、突然ニュースが入ってきた。

福田総理が肝炎患者の一律救済をきめたという。

遅かれ早かれ、こういう結果になるだろうと思っていた。原告団の無欲の前ではこの結果しかなかった。

後は責任問題だが、血液製剤は背景があって投与されたのであって患者が自ら選んだわけではないのだ。その背景にからんだ人たちの責任は問われるべきである。このまま、一律救済で幕を閉じられたら、非もないのに病気になった人たちの思いはいきどころがないだろう。

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薬害肝炎訴訟

20日、国との和解協議打ち切りの表明会見を見た。

代表の山口さんは無念さをにじませながらも、線引きのない一律救済を求めていくという。

当然である。自分にまったく落ち度がないのに輸血で肝炎感染し、人生を狂わせられる。その責任は政府以外誰がとれるのだろう。

政府は札束で頬をたたくやり方はもうやめて、真摯に原告の声に真正面に向かい合ってほしい。

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池に鯉? いえ金魚です。

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藤の葉の黄色が庭に彩りを










夜店で買った金魚が10年で鯉の様にDscf0008_2 

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官僚という人間

以前、官僚を多く輩出する大学の卒業生がこんなことをテレビかラジオで話していた。

「試験でよい成績をとるコツは、確実に点をとれる問題から手をつけ、時間が余ったら回答した問題だけ誤りがないかチェックする。わからない問題は最初から手をつけない。時間の無駄だ。これを習性づけている。」と。

これが官僚の仕事にも連動するとは言わないが、根本にこれが、習性があるのではないか。そう思うと米国べったりの外交、一向に進まない、いや進めない、理解できない北朝鮮外交、理解できない国会答弁等などへたに手を付けないほうがと思っているのではと考えてしまう。

それで、私は官僚の皆さんに将棋を習うことをお奨めする。先を読んで一歩先をいけるように。

アッ、でも、やぶへびになるかも!

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ふたご座流星群にちなんで?

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三日月を










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作ってみました。

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猫なのに

キツネ顔の“みー”

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(そうなかあー)Dscf0030

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これでどうだ!

 

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 寒がりの“みー”










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 これであったか、あったか










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もっとあったか

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シンビジューム

シンビジュームをベランダに取り込む。

今年は去年より一ヶ月ほど遅く取り込んだことになる。やはり暖冬なのだ。

シンビジュームはこれから春まで陽の当る暖かい場所におき、表面が乾いたら水遣りをし、肥料は与えない。そうすると、春に大きな艶やかな花を付けてくれる。あまり手のかからない育てやすい植物だ。

今年は何本咲くだろうか。

                  

去年咲いたピンクのシンビDscf0020_3ジューム

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国会中継

台所で皿洗いをしながら国会中継を聞いていた。

つくづくこの国の政治家は国民の方を向いていないと思った。

疑惑の会社から政治献金を受けていたことに対しては、返却しました。パーティ券購入に対しては、政治規正法にのっとているので何ら問題はない。

野党の質問に対し、答える大臣の顔ぶれは変わっても、口からでる言葉はテープレコーダーのようにいつも同じ。

皆、自分の保身や選挙にうかることできゅうきゅうなのだ。アメリカから離れ、自立した日本を作ることを望むのは無理なのだ。

大金をアメリカに渡し、その庇護のもとで政治をやることを選んだのだ。

リビングで椅子に座り、真剣に見るほどの内容のものではなかった。いつものことだが。

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晩秋

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芝生の上に紅葉が散っている。
葉が重ならないように配置する自然の構成力に脱帽!







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枯葉色の庭に石蕗の黄色が映える

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ブログデビュー

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あご載せがお気に入りの “みー”

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3日のつづき

無為の時間・・・・

自分と素直に向き合うということだろうか?

この瀬戸内に来て数年がたち、四季の移ろいの鮮やかさ、不思議さを今更ながら実感する。

東京にいたらこの感覚はずっと忘れたままだったろうか?

時間を切り売りし、前を向いたままで季節感を感じる心の余裕はなかった。

だが、この余裕は手に入れたものの、失ったものもある。

人はスタートしたら止まることを恐れるのかもしれない。自主的にせよ、強制的にせよ、止まった時、別の価値観が見える時もある。

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天木直人さん

天木さんの文に惹きつけられる。

この国の政治家の姿勢を小気味良く批判し断定する。その批判の根拠がよく理解でき共感できる。

そのブログのなかに政治と関係のないくだりも時々でてくる。

-以下、天木さんのブログより引用-

“今こうして人生の大半を終え、人よりわずかばかり先んじて引退を迫られた私は、その逆境をバネに過去の自分と決別し、一つの極地に到達しつつある。人間はある年齢を超えたら、無為な時間に耐えられる心のゆとりを持たなければならないのではないか。欲望も、迷いもなく、自然のままに生きる。わずかな、残された生を、自分のみに忠実に生きる、最後はそういう人生に辿りつかなければならないのではないか。
  人間は、いつかは無為な時間を過ごす事を素直に受け入れなければならない時が来るのだ。その時はすべてが平等になる。富める者も貧しい者も、成功した人も失敗した人も、健常者も非健常者も、醜いもの美しい者も、すべては平等になる。心優しくなれる。神というものが存在するとすれば、その時こそ誰もがその神に等しく近づける時であるに違いない。”

無為の時間・・・・今の政治家にこそ必要なのかもしれない。

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